【地政学編】小国の地政学~バルト三国 エストニア・ラトビア・リトアニア~ 周辺の大国に翻弄され続けた国家たち

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皆さんお疲れ様です。クラッド(@kura_investment )です。
いつも【クラッドの投資で自由を掴むブログ】を見て頂きありがとうございます。
今回はバルト三国について地政学的視点を織り交ぜつつお話します。




バルト三国の概要


エストニアの概要

エストニアはバルト三国の最北部に位置し、西はバルト海・北はフィンランド湾に面しています。
東部をロシアと、南部をラトビアと国境を接しています。
国土全体がヨーロッパ平原に属しており、平坦な地形となっています。気候は冷帯湿潤気候であり、冬はマイナス20度程度まで気温が低下するか比較的短期間となります。
外交はバルト諸国・北欧諸国との協力推進を行い、EUとの関係強化を志向しています。
経済自由度が高い事で知られており、金融・保険の分野では外資が大半を占有し、外資に依存型の経済構造となります。
エストニアは世界でも数少ないオイルシェールを工業利用している国であり、主に発電に利用されている。農業は酪農・園芸農業が中心となっています。伝統的にロシア依存型の貿易構造だったが、現在の主要貿易相手国はEU諸国となっています。また、世界でも最先端の電子政府を有している事でも有名です。

◇エストニア共和国:Republic of Estonia

◇公用語:エストニア語

◇首都:タリン

◇大統領:ケルスティ・カリユライド

◇国土面積:45,228k㎡(世界第129位)

◇人口:1,30万2,401人(世界第149位 2018年)

◇GDP(名目 IMF統計):30.76(10億ドル)(世界第100位 2018年)

ラトビアの概要

ラトビアはバルト三国の中央に位置し、西はリガ湾に面しています。
北部をエストニア、東部をロシア、南部はリトアニアとベラルーシとそれぞれ国境を接しています。
国土地形では西部が平坦で、東部は低い丘緩となっています。
沿岸部は冬でも比較的温暖な西岸海洋性気候・内陸部は冷帯湿潤
気候であり、寒い冬が長く続きます。
外交はNATOとEUとの連帯強化による安全保障の確保とアメリカとの関係性の強化を志向しています。農業は酪農・園芸が中心であり、主要産業は化学・木材加工が盛ん。石油の大部分をロシアに依存している。リガ・ヴェンツピルスの2港はCIS諸国・西欧諸国との中継貿易の拠点として機能。
首都のリガはバルト三国最大の都市であり、北欧ではストックホルムの次ぐ第二位の都市となります。

◇ラトビア共和国:Republic of Latvia

◇公用語:ラトビア語

◇首都:リガ

◇大統領:エギルス・レヴィッツ

◇国土面積:64,589k㎡(世界第122位)

◇人口:193万5779人(世界第144位 2018年)

◇GDP(名目 IMF統計):34.88(10億ドル)(世界第98位 2018年)

リトアニアの概要

リトアニアはバルト三国の最南端に位置し、西はバルト海面している。
北部をラトビア、東部・南東部をベラルーシ、南西部はポーランドとロシアの飛び地であるカリーニングラードと接している。
国土地形は比較的平坦な土地が広がる。
沿岸部は西岸海洋性気候・内陸部は冷帯湿潤気候となっている。
外交はNATOとEUとの協力関係を重視。ロシア・バルト諸国・北欧諸国とは善隣関係の維持。
主要産業は石油精製・食料と飲料生産、家具製造など。
エネルギー供給の8割をロシアに依存している。

◇リトアニア共和国:Republic of Lithuania

◇公用語:リトアニア語

◇首都:ビリニュス(ヴィリニュスとも)

◇大統領:ギタナス・ナウセダ

◇国土面積:65,300k㎡(世界第121位)

◇人口:281万7402人(世界第135位 2018年)

◇GDP(名目 IMF統計):53.30(10億ドル)(世界第84位 2018年)

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※ ちょっとした小ネタ

国土が広く、有名な国家ならいざ知らず、バルト三国の様な小国の位置と国名がなかなか頭に入らず困る方も多くいらっしゃるかと思います。
なので、私 クラッドの高校時代の覚え方を紹介します。
参考になれば嬉しいな~(笑)

覚え方 エ ラ リ(エストニア・ラトビア・リトアニア)
です。
国土の位置を上から準備並べて頭の頭文字をとっただけですが、これが割と覚えやすいしいまだに自分の記憶に残っているので、お試しあればと。
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バルト三国の過去と現在

この章ではバルト三国の歴史についてお話しようと思います。
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◆エストニアの歴史◆

世界最先端の電子政府を有している事で有名なエストニアではありますが、その歴史は大国による支配との闘いの歴史となります。まずは、エストニアの歴史の概要をお話します。

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13世紀 エストニアのはじまり

北欧十字軍はエストニアの地に侵入し、初めてこの土地を占領したのはデンマークとゲルマン人でした。
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13世紀~16世紀 タリン建設がはじまる
エストニアは南部をゲルマン人が、北部をデンマーク帝国にそれぞれ支配されます。
現在のエストニアの首都であるタリンも13世紀にデンマーク領のフィンランド湾に向かう海岸に建設されます。
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16世紀 周辺諸国の草刈り場
ロシアがエストニアに侵攻し、スウェーデンとポーランドに援助を求める。これにより、ロシアを破ったものの、北部はスウェーデン領、南部はポーランド領に占領されます。
※一部はデンマーク領のまま。
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17世紀 スウェーデンの支配
スウェーデンとポーランドの間で戦争が勃発し、その結果として、スウェーデンが全土を支配するに至ります。この戦争による、エストニアの人的損失は凄まじく、25万~27万と推定された人口が12万前後まで激減しました。
なお、17世紀の100年ほどのスウェーデンの統治下でエストニアの制度改革が進み、教育振興により急速に発展します。 「Good Old Swedish Time」(スウェーデンの良き古い時代)とまで呼ばれたそうです。
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18世紀~19世紀 ロシアの支配
北欧全体を巻き込んだスウェーデン帝国VSロシア帝国との間で【大北方戦争】(Great Northern War)が勃発。ロシアの侵略を許し、人口が15万人前後に減少。さらに、ロシア支配期間中にスウェーデンが作り上げた制度が崩壊し、国民の生活レベルが急速に悪化。
19世紀の1850年ごろからエストニアで初めて国民国家としての意識が醸成されていきます。
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20世紀 独ソの支配
ロシア帝国は支配地域の締め付けを強化し、エストニアの独立運動を弾圧していきます。そんなおり、1914年に第一次世界大戦が勃発し、欧州全土は戦場となっていきます。
1918年に前年のロシア革命を機に、エストニアは独立を宣言し独立を勝ち得ます。
1939年に第二次世界大戦が勃発してからエストニアは中立を宣言したもののソ連の支配下になります。
その後、独ソ戦が開始され、ソ連に続きドイツに支配されます。さらに、ドイツ敗戦後は、再びソ連の支配下にはいります。
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20世紀 ソ連の過酷な支配
ソ連の支配下に置かれた46年間は苦難の歴史を歩みます。ソ連の支配に反対した人々はシベリアに送り込まれ、そこで多くの人が死んでいきました。ソ連の過酷な支配によりエストニア人の10分の1が亡くなっていきました。さらに、エストニアのロシア化を進めるために、大量のロシア人の入植を進めました。
ソ連によりエストニアは重工業と軍事が発展しましたが、国民の生活は貧しいままでした。
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20世紀 ソ連からの独立
ソ連の国力が次第に衰退していく過程でエストニアの独立運動が強まっていきます。1991年にソ連からの独立を宣言し、1994年にはソ連の軍隊は完全にエストニアから撤退しました。そして、2004年にNTAO・EU加盟、2010年にはOECD加盟、2011年にユーロを導入し、現在に至ります。
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◆ラトビアの歴史◆
次に、ラトビアの歴史です。ラトビアもエストニアと同様に周辺の大国に支配されてきた歴史を持ちます。


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13世紀初頭 ラトビアとリガのはじまり
ポーランドのキリスト教諸侯がバルト三国の地にドイツ騎士団を入植させました。ドイツ騎士団との戦争の中で徐々に、ラトビア人としての民族意識が芽生える事となります。
現在の首都であるリガは、ロシアとの交易の拠点してハンザ同盟に加わり、この貿易により、バルト海最大の都市となっていきました。
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15世紀 隣国の支配
15世紀後半になるとリトアニア=ポーランド王国(ヤゲヴェ朝)の勢力圏拡大に伴い、リガも支配下に置かれます。
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17世紀 バルト帝国の支配
欧州の覇権を巡る三十年戦争終結以降は、バルト海ではスウェーデンが覇権国としての地位を固め、バルト帝国と言われ、スウェーデンの支配を受ける事になりました。
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18世紀 ロシアの支配
大北方戦争でスウェーデン帝国がロシア帝国に敗北し、ロシア帝国の支配を受ける事になります。
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20世紀 独ソの支配
ラトビアもエストニアと同様に周辺の大国である、ソ連とドイツに大きく歴史を左右されます。ソ連の支配、ナチスドイツの支配、さらにソ連の再びの支配と支配者が変わっていきました。

(※ このあたりの歴史は他のバルト三国も同様なのでエストニア参照)
その後、1991年にはラトビアは独立を宣言し、2004年にはNATO・EUに加盟、2014年にはユーロを導入して現在に至ります。


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◆リトアニアの歴史◆

リトアニアは他のバルト諸国とは少し違った歴史を持ち、早くから国家形成が
行われています。リトアニアは一時期はヨーロッパの大国としての地位を築いて
いた時代もありますが、周辺の大国に翻弄された歴史も併せ持ちます。

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13世紀 リトアニアの始まり
ポーランドのキリスト教諸侯がバルト三国の地にドイツ騎士団を入植させました。

リトアニア人はドイツ騎士団と闘いながら次第に軍事力を高めていきます。
その過程で、1236年にはリトアニア大公国が成立し、現在のリトアニアとは
比較できないほどの大国となっていきました。


(引用先:世界の歴史まっぷ様)
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14世紀 リトアニア大公国の発展
1386年にはドイツ騎士団への対抗策としてポーランド王国との同君連合の国家となり、
リトアニア=ポーランド王国(ヤゲヴェ朝)が成立し、ドイツ騎士団の進出は阻止されました。
そして、プロイセンやロシアといった周辺の強国と覇権を争う大国となりました。
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15世紀 リトアニア大公国の覇権
リトアニア大公国はヨーロッパでも最大の領土を有する大国となります。

その領土は、現在のベラルーシ・ウクライナにも及びました。
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16世紀 リトアニア大公国の衰退

1569年の「ルブリン合同」により、ポーランド=リトアニア共和国が誕生します。
しかし、実質的にはポーランドがリトアニアを併合したものであるため、ポーランド王国
とだけ称される事も多く、リトアニアの大国としての歴史はこのあたりから暗転します。
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17世紀と18世紀 周辺諸国の逆襲
17世紀にはロシアのロマノフ王朝が勢力を伸ばしてき、1667年にはウクライナ東部が

ロシア領に編入されます。
18世紀末には隣接するプロイセン・オーストリア・ロシアの三強国によるポーランド分割が
行われました。この三度に渡るポーランド分割により、1795年にはポーランドは地図上から
消滅しました。

この時、リトアニアの大部分はロシアとプロイセンに編入され、事実上リトアニアという国家も消滅する事になります。
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19世紀以降 ※エストニアとラトビアを参照

1990年3月11日にはサユーディスという組織を中心に独立が宣言されます。
2001年にはWTOに加盟、2004年にはNATO・EUに加盟、
2015年にユーロを導入し、
現在に至ります。
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バルト三国と一括りとされますが、それぞれに違う歴史を持っている事がわかるかと思います。
もちろん、周辺の大国から支配されてきたという共通の歴史も持っています。
特に、第一次世界大戦以降に独立を勝ち得たと思いきや、ソ連にその独立の自由は奪われました。第二次世界大戦では、ナチスドイツに支配され、戦後は再びソ連に支配され、苦しい時代を過ごしてきました。

バルト三国は周辺の大国に翻弄されてきた歴史を持ち、何度も激しい戦争を繰り広げてきた、ロシアに対しての警戒心は非常に強いです。
それは、ソ連からの独立後に、すぐにNATOとEUに加盟している事からわかります。


NATO(北大西洋条約機構)⇔ワルシャワ条約機構
アメリカを中心とする西側諸国の軍事同盟。⇔ソ連を中心とする東側諸国の軍事同盟

EU(ヨーロッパ連合)
原加盟国:ドイツ・フランス・イタリア・ベネルクス三国(オランダ・ベルギー・ルクセンブルク)をはじめとする、ヨーロッパの国家統合体。ソ連が崩壊後、中欧・東欧諸国が次々と加盟していく。

また、
バルト三国は北欧・近隣国家との経済的関係性が非常に強いのが特徴
となります。

下記に2016年でのバルト三国それぞれの輸出入の割合を紹介します。

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エストニアの輸出入の割合
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輸出
1位:スウェーデン16.8%
2位:フィンランド15.0%
3位:ロシア9.3%
4位:ラトビア8.7%
5位:リトアニア5.6%

輸入
1位:ドイツ10.7%
2位:フィンランド9.6%
3位:中国8.0%
4位:ロシア7.3%
5位:リトアニア6.5%

・スウェーデン・フィンランドとの経済的関係性が強い。

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ラトビアの輸出入の割合
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輸出

1位:リトアニア18.3%
2位:エストニア12.1%
3位:ロシア7.6%
4位:ドイツ7.2%
5位:スウェーデン6.0%

輸入
1位:リトアニア17.5%
2位:ドイツ11.9%
3位:ポーランド10.8%
4位:エストニア8.0%
5位:ロシア7.7%

・他のバルト諸国との経済的関係性が強い。

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リトアニアの輸出入の割合
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輸出
1位:ロシア13.5%
2位:ラトビア9.9%
3位:ポーランド9.1%
4位:ドイツ7.7%
5位:エストニア5.3%

輸入
1位:ロシア13.9%
2位:ドイツ12.3%
3位:ポーランド10.9%
4位:ラトビア8.0%
5位:イタリア5.5%

・ロシアとの経済的関係性が強い。
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この様に、北欧・近隣国家との経済的関係が非常に強く、他の
国や地域との結びつきはほぼないという状況です。

まとめ
バルト三国は周辺の大国に翻弄された歴史を持ち、
現代では近隣諸国との関係性が非常に強い。




バルト三国の産業構造

この章ではバルト三国の産業構造についてお話します。

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◇エストニアの産業構造◇
第一次産業(農林水産): 2.8%
第二次産業(鉱業、製造、建設、電力): 27.2%
第三次産業
(卸売、小売、運輸、飲食、宿泊、情報通信、金融、不動産、その他サービス):69.9%

2016年のエストニアの輸出入の主要品目
輸出 1位:機械類27.1% 2位:石油製品5.8% 3位:木材5.1%
輸入 1位:機械類24.5% 2位:自動車7.8% 3位:石油製品6.9%
エストニアの特徴としては、輸出入ともに機械類が25%前後となっており、バルト諸国では最大の比率を有する。

貿易依存度 
輸出:56.9% 輸入:64.6%

発電比率
水力:0.2% 火力:94.9% 風力:4.9%
エストニアはオイルシェールを工業化している数少ない国であり、火力発電の比率が非常に高いのは、そのオイルシェールを発電用に利用しているためです。

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◇ラトビアの産業構造◇
第一次産業(農林水産): 3.7%
第二次産業(鉱業、製造、建設、電力): 22.6%
第三次産業
(卸売、小売、運輸、飲食、宿泊、情報通信、金融、不動産、その他サービス):73.8%
ラトビアはバルト三国の中では第三次産業の比率が最大となります。

2016年のラトビアの輸出入の主要品目
輸出 1位:機械類16.5% 2位:木材10.2% 3位:木製品6.0%
輸入 1位:機械類19.5% 2位:自動車7.9% 3位:石油製品5.9%
ラトビアの特徴としては、輸出の上位に木材と木製品が並んでおり、林業が盛んな事が伺えます。

貿易依存度 輸出:41.3% 輸入:49.2%
バルト三国の中では相対的に貿易依存度が最小となります。

発電比率
水力:38.8% 火力:58.5% 風力:2.7%
バルト三国の中では水力発電の比率が最大となります。
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◇リトアニアの産業構造◇
第一次産業(農林水産): 3.5%
第二次産業(鉱業、製造、建設、電力): 29.0%
第三次産業
(卸売、小売、運輸、飲食、宿泊、情報通信、金融、不動産、その他サービス):67.6%
・バルト三国の中では第二次産業の比率だ最大となります。

2016年のリトアニアの輸出入の主要品目
輸出 1位:機械類14.5% 2位:石油製品12.6% 3位:家具6.5%
輸入 1位:機械類17.8% 2位:原油10.6% 3位:自動車7.6%
・リトアニアは家具の生産が盛んであり、輸出の上位3位の品目となります。

貿易依存度

輸出:58.5% 輸入:64.3%

発電比率
水力:24.7% 火力:59.1% 風力:14.5% 太陽光:1.7%
風力発電の比率が15%でバルト三国最大。
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バルト三国はどの国も相対的に貿易依存度が高い状態となります。そういう意味では、現代でも他国からの影響を非常に強く受けやすい構図となります。
(参考:日本の貿易依存度 輸出:13.1% 輸入:12.3%)

まとめ
バルト三国の産業構造は似通っているが、それぞれに特徴も見受けられる。




バルト三国の人口動態と経済成長

この章ではバルト三国のそれぞれの人口動態と経済成長についてお話します。

2018年のバルト三国の人口ピラミッドは下記に様になっています。
エストニア・ラトビア・リトアニアともに同様の人口ピラミッドの構造となりますので、三国一気に紹介します。


(引用先:populationpyramid.net)


(引用先:populationpyramid.net)


(引用先:populationpyramid.net)

バルト三国の人口ピラミッドは日本と同様の航空管制塔型とされています。

航空管制塔型は中長期で見ると、人口の減少もしくは大幅な減少が予想され、少子高齢化・人口減少社会が進展していく事が予想されています。

次にバルト三国の人口推移と予測です。

バルト三国はどの国も1990年を頂点に2010年で急激に人口が減少し、そこからは
緩やかな人口の減少になっている事がわかるかと思います。
上記のグラフを見ればわかると思いますが、この現象は三国に共通する現象となります。それでは、何故三国が全て1990年を境に人口減少に突入しているかの理由を説明します。

格差拡大に伴う、人口流出

これが大きな理由となります。
格差拡大に伴う人口の移動というのは、イメージとしては、

地方在住者が東京都心に上京する様なものかと思います。
やはり、仕事を探す必要があり、少しでも給料がいい地域に人が集まるという事ですね。
バルト三国でもこれと同じ現状が進んでおり、ソ連からの独立後に格差が拡大していく過程で、若者を中心とした人々が他国に移住していきました。

次にバルト三国それぞれの名目GDP(ドル建て)となります。


バルト三国はどの国も同じ様なGDPの推移の仕方となっています。
人口自体は減少傾向となっていますが、GDP自体は拡大傾向となっています。そのため、相対的に一人あたりのGDP自体は拡大傾向という形となります。

エストニアの一人あたりGDPは23,330.28ドルで世界第40位(2018年)
ラトビアの一人あたりGDPは18,032.62ドルで世界第46位(2018年)
リトアニアの一人あたりGDPは18,994.38ドルで世界第44位(2018年)
となります。


GDPでの経済規模で見ればエストニアは一番小さい国家ですが、一人あたりのGDPはバルト三国の中でも最大となるため、相対的にエストニア国民が一番豊かといえます。

まとめ
格差拡大に伴う人口流出が起こり、少子高齢化問題は今後も続く事が予想される。しかし、経済規模自体は拡大傾向となっている。

バルト三国の地政学 


この章ではバルト三国の地政学についてお話します。

今までの章でバルト三国と一括りにはされているものの、
それぞれが別々の歴史を歩んできて、別々の特徴がある事が少しでも伝わっていたのなら光栄です。

さて、歴史の章にて、それぞれの国の歴史の概要はお話しましたが、バルト三国は近隣の強国に幾度と支配・占領されてきた歴史を歩んできたという事はお分かり頂けたかと思います。

過去の歴史を考えると、第二次世界大戦中にナチスドイツもバルト三国には暴虐の限りを尽くした事に変わりませんが、現代のドイツはバルト三国への国防に積極的に関与しており、バルト三国の地政学な脅威はロシアに集約されると考えて問題ないでしょう。

バルト三国はそういった歴史的背景から特にロシアに対しての警戒感が非常に強い国家となります。

この章ではバルト三国の地政学としてお話しようと思います。

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◇エストニアの地政学◇

ここでは、エストニア政府が目指している電子政府についてお話します。

政府書類の99%を電子化し、インターネットから投票も可能。
内閣での閣議を開く前に事前に討議する議題を確認し、事前に
討議ができる仕組みを導入しています。しかし、それは透明化されて
いるのも特徴で、かつて4~5時間かかってたものが30分~90分程度で
終わる様になり、迅速な意思決定を可能としているそうです。
さらに、政府書類のほとんどを電子化したため、毎週数千ページ印刷
していた紙も不要になったとの事です。

「e-Residency」という制度を利用すれば、エストニアに一度も行った事
がない人でもエストニア国民になれ、さらには法人登記が可能となります。
なお、エストニアの通貨はユーロであり、EUの規定に従うため、
銀行口座の開設に時間を有し、いつまでも口座が開設されないという
事がありますが・・・。

この様に、エストニアは電子政府を強力に推し進めた理由はいったい
何でしょうか。

もちろん、少子高齢化の進展に伴い、一人あたりの生産性を高めるという
経済的に国家を存立させるという事があったのは考えられます。

しかしながら、地政学的視点でこのエストニア政府の政策を考えると、
また別の側面が見えてきます。

皆さんもご存知の事でしょうが、2014年にウクライナから
クリミア半島を占領したロシアの存在です。
仮に、ロシアに国土を支配下に置かれてもサイバー空間上には
エストニアという国家を存続させる事はできます。

エストニアの電子政府政策は国家を防衛するためという側面もあります。
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◇ラトビアの地政学

ラトビアという国家はバルト三国の中央に位置しており、ロシア、ベラルーシと国境を接しております。
さらに、この国が有するリガ・ヴェンツピルスの2港は物流の拠点となっています。
これらの港はCIS諸国・西欧諸国との中継貿易の拠点として機能しているため、経済活動において非常に重要な物流を抑えています。

平時においても、有事においても、物流を抑える事は重要であるため、今後もラトビアの立地には周辺諸国は大きく注目するでしょう。
もちろん、ロシアも。

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◇リトアニアの地政学◇

リトアニアはバルト三国の中でも特にロシアへの警戒心が強い国家です。

リトアニア政府は近年徴兵制を再導入しました。これは、ロシアを意識している事は間違いありません。
さらに、リトアニア国民の6割がロシアを脅威と捉えています。

さらに、リトアニアはロシアの飛び地であるカリーニングラード州と接しています
カリーニングラード州については、下記で別途説明します。
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◇カリーニングラード州の地政学◇

カリーニングラード州(ロシアの飛び地)はロシア領の最西端に位置しており、最重要な軍事拠点の1つとされています。

ロシアにとってカリーニングラードの港はバルト海に面しており、さらに不凍港となります。

ロシア軍はこのカリーニングラード州に約22万5000人もの兵力を配備させています。
対して、バルト三国の兵力はエストニアが6400人、ラトビアは4600人、リトアニアは1万7000人程度の兵力しかいません。
そのため、バルト諸国が独力でロシア軍に対抗するのは不可能です。

さらに、カリーニングラード州のその立地が非常に地政学的に重要となります。

カリーニングラード州の東端とロシアの友好国であるベラルーシの西端の距離はたったの100㎞程度しかありません。

この地域はヨーロッパ平原に属しており、軍隊の移動を妨げる様な自然の防壁・要所は存在しません

そのため、戦車部隊を利用すれば、数時間程度でバルト三国とポーランドを分離させる事が可能で、ロシアの影響圏に組み込む事は容易であるとされています。

NATOはこの100㎞しかないこの地域を「スバルキ・ギャップ」と呼んでいます。

2014年のウクライナのクリミア半島を軍事力を背景に切り取り、自国の影響圏に加えたロシアの事を考えると、スバルキ・ギャップはバルト三国の防衛を考える上でのアキレス腱となります。

逆にロシア側からすれば、バルト三国への電撃作戦はカリーニングラード州から始め、NATOの援助を妨害しつつ、支配体制を固める事が可能となるでしょう。

2016年のアメリカのシンクタンク・ランド研究所の報告書によれば、「ロシア軍は攻撃開始から36時間以内にバルト三国の首都を占領できる」としています。

この様に、ロシアがカリーニングラード州を有しているという事は不凍港という軍事的要所だけでなく、その立地が周辺諸国に対しての非常に大きな牽制であり、脅威と認識されています。
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◇ロシアがバルト三国にこだわる理由◇

ここでは、ロシアがバルト三国にこだわり幾度となく、支配下に置いてきた理由を地政学的視点でお話しようと思います。

こちらに関しては、筆者:クラッドの視点が大いに入っているため、見解が全て正しいかは
わかりません。そちらにつきましては、事前にご理解のほどお願いいたします。

さて、本題に入ります。

ロシアがバルト三国にこだわる理由は下記の2点から成るかと考えられます。
(もちろん他にも理由は挙げられると思いますが。)

  • 不凍港の存在
    →北海・大西洋への進出のため
  • 国土防衛のため
    →モスクワ・サンクトペテルブルクの存在

まず、不凍港について説明します。
バルト海の不凍港はエストニアが北限とされております。
そして、ロシアの歴史は不凍港を巡る歴史といっても過言ではありません。

以前、トルコの地政学を書きましたが、その際にロシアとトルコの間で不凍港を巡る戦争を紹介しています。
不凍港については下記を参照にして下さい。

次に国土防衛についてです。
ロシアの主要な都市には、首都のモスクワや第二の都市であるサンクトペテルブルクがあります。
これらの都市はロシアの経済活動の中心となります。

モスクワ市のGRP(地域内総生産)はロシアのGDPの16.4%を占め(2014年)、人口はロシア全体(1億4684万人)の8.4%に相当する1,238万人(2017年)を有します。

サンクトペテルブルクの人口は528万人(2017年)であり、ロシア国内で第二の人口を有しています。

バルト海からモスクワの距離は1109kmであり、サンクトペテルブルクはバルト海に面しています。

この様にロシアにとってバルト海は国防上非常に重要な地域となります。
そして、そのバルト海に面しているエストニア・ラトビア・リトアニアというバルト三国もロシアの国防上、非常に重要な地域となります。

そのため、ロシアはバルト三国に何度も侵攻し、幾度となく自国の勢力圏に組み込もうとしてきたのだと思います。

まとめ

バルト三国はロシアにとって非常に重要な地域であり、それゆえ、この地政学的な対立はこの先も続く。




終わりに


今回は初の試みとなる小国の地政学であり、バルト三国の地政学ついてお話しました。
バルト三国なんて正直聞いた事がないという人も多くいたかと思いますが、如何でしたでしょうか。

今まで世界的に主要な国家ばかりを地政学編として取り上げてきましたが、世界には数多の小国が存続しています。

普段、それらの国は国土規模・人口規模・経済規模などの点から国際政治に大きな影響力を与える事はないと言っても過言ではなく、日本に住んでいる場合はほぼほぼそれら小国の情報というのは入ってこないかと思います。
そもそも、皆さんお忘れかもしれませんが、日本という国家は世界的にみると、超豊かな国家
ですからね。GDPも世界第3位に位置する経済大国であり、科学技術大国であり、軍事大国ですからね。
わざわざ、自国に対する影響力が小さい国家をメディアは報道しませんからね。

そんな、背景がある中で、本記事が少しでもそういった小国を知る機会になれば幸いでございます。

さてさて、クラッド的にも最近の地政学シリーズはどうしても、その国の概要のみで終わる事が多く(それでも地政学ではありますが)、あまり本質としての地政学的な要素の紹介が少なかった様に感じていました。

でも、今回のバルト三国はお世辞にも資源大国ではなく、何なら人口も少なく、国土も狭く、メジャーな国家でもありません。
そのため、地政学という視点で普段より多く話せたと思い個人的には書いてて楽しかったです。

ただ、やっぱメジャーではない国家はネットで色々探してもなかなか情報が出てこないので大変ですね(笑)

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以下参考サイトなど
バルト三国ーWikipedia
バルト諸国占領ーWikipedia
バルトの虎-Wikipedia
バルト三国と日本ー外務省
Wikipedia
ーラトビア
世界経済のネタ帳
世界の人口ランキング
エストニアのGDPの推移
ラトビアのGDPの推移
リトアニアのGDPの推移
人口ピラミッドから見える 世界各地、国家の現状と将来(5)
世界史の窓
ーリトアニア
ーラトビア
エストニアの歴史を5分で理解:様々な国に統治された小国の運命
ロシアへの警戒強めるリトアニア
迫るロシアの脅威、バルト3国の悲劇再来を防げ
先進デジタル国家エストニアのヘルスケア最新事情等
人口流出に悩むリトアニア
ロシア・CIS向け供給拠点として注目
バルト海を制する者は北欧を制す!

解析

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