【地政学編 サウジアラビア】脱石油を目指す世界第2位の産油国!イスラム世界の盟主が目指す未来とは

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皆さんこんにちわです。
クラッド(@kura_x_tudo)です。

いつも【クラッドの投資で自由を掴むブログ】を見て頂きありがとうございます。
今回はサウジアラビア王国という国家を地政学の視点からお話したいと思います。




サウジアラビア王国の概要


サウジアラビア王国の概要

サウジアラビア王国(以下:サウジアラビア)は世界最大の半島であるアラビア半島の
8割を領有する、世界第2位(2018年)の産油国である。
国土面積は世界第12位に位置し、日本の約5.7倍の面積をほこる。
東部をペルシャ湾、西部は紅海に面しており、地政学的に非常に
重要な地位を占めている。
1932年に「サウード家のアラビア」として建国され、歴史は比較的浅いが、
有史以来、アラビア半島には人類が居住したため世界的にも貴重な遺跡が存在。
約3400万人の人口を有しており、世界では第41位、中東では第5位の人口である。
中位年齢は26歳(2020年時点)となっており、人口増加傾向となっている。
GDPは世界では第18位(中東では第1位)となっており、世界でも有数の経済大国である。
さらに、豊富に産出する石油とイスラム教の盟主として世界の諸外国に極めて大きな影響
力を有している。

◇サウジアラビア王国:Kingdom of Saudi Arabia

◇公用語:アラビア語

◇首都:リヤド

◇国王:サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ

◇国土面積:2,149,690.00㎢(世界第12位)

◇人口:3,481万3,867人(世界41位)(2020年)
(引用先:populationpyramid.net)

◇GDP(名目):786.52 (10億ドル)(世界18位)(2018年)

サウジアラビアの過去と現在

この章ではサウジアラビアの過去と現在についてお話しようと思います。

まずは、サウジアラビアの歴史です。
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・第一次ワッハーブ王国建国
サウード家は18世紀初頭にディルイーヤを拠点に首長国を建国。
首長ムハンマド=イブン=サウードが、アブド=アル=ワッハーブがはじめた
イスラーム改革派の
ワッハーブ派と結びつき、1744年に第一次ワッハーブ王国が成立。
この第一次ワッハーブ王国はメッカとメディナの2つの聖都を支配下に置き、19世紀初頭までにアラビア半島の大部分を支配するになった。
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・第一次ワッハーブ王国滅亡
ワッハーブ主義の拡大を恐れたオスマン帝国との戦争により、首都であるディルイーヤが陥落。第一次ワッハーブ王国は滅亡した。=オスマン・サウジ戦争(1811年~1818年)
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・第二次ワッハーブ王国建国と滅亡
1824年にリヤドに拠点を移したサウード家が第二次ワッハーブ王国を建国するも、
小勢力にとどまり、ラシード家により首都を奪われ1891年に滅亡。
サウード家はクウェートに亡命した。
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・サウジアラビア王国の成立
1902年にアブドゥルアズィーズ・イブン=サウードがリヤドを奇襲し、首都の奪還を果たし、
ナジュド及びハッサ王国(リヤド首長国とも)が成立。
1921年にラシード家のジャバル・シャンマル王国を滅ぼし、ナジュド・スルタン国が成立。
1926年にハーシム家のヒジャーズ王国を征服し、ナジュド及びヒジャーズ王国が成立。
これによりアラビア半島はほぼ統一された。
1932年に国名をサウジアラビア王国とし、建国がなされた。
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・石油の発見と影響力の拡大
1938年に油田が発見され、原油を輸出する事で経済的に発展していった。
第二次世界大戦により、一時的に生産が中止されたが、戦後は石油による収入が伸びていき、
1960年頃にはサウジアラビア政府の収入の80%が石油由来となる。
1960に石油輸出国機構(OPEC)を創設し、石油大国としての地位を盤石なものとしていく。
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・中東の地域大国への躍進と苦悩
3代目の国王を務めたファイサル国王(在位:1964年~1975年)の時代では、エジプトのナセル
に代わりアラブ世界の盟主としての役割と演じる様になった。
反共産主義・親米路線が外交路線ではあったが、ユダヤ人国家であるイスラエルの存在には
強く反発していた。
そのため、1973年に勃発した第四次中東戦争の際に、親イスラエル国家への石油輸出を禁止し、世界に多大な影響を与えるに至った。=第一次オイルショック
1979年にイランでイスラム革命が起こり、イランとの関係が悪化。
1990年にイラクによるクウェート侵攻が起こり、湾岸戦争が勃発。
湾岸戦争の際に、アメリカ軍に一貫して軍事基地の提供などで協力を行った。
この行動に反発したイスラム原理主義のテロリストが誕生し、現在のテロとの戦いにつながる。
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次にサウジアラビアの世界との関わり方を見てみましょう。

サウジアラビアの外交基本方針

二大聖地を擁するイスラム世界の中心的存在として、主導的役割を演じる。
アラブ諸国で唯一のG20メンバー国。西側諸国との関係では、伝統的に穏健かつ協調的な外交を展開。

参照:外務省ーサウジアラビア王国 (Kingdom of Saudi Arabia)基礎データ

※二大聖地:メッカとメディナ

サウジアラビアはイスラム教の盟主として存在感を発揮しているだけでなく、中東で最大規模
の経済規模を誇る事からG20にも参加しています。
中東地域の安定化に対してもサウジアラビアの貢献は非常に大きく、西側諸国と連携しつつ、テロや過激派との戦いを行っています。

サウジアラビアはイスラム教の盟主ではありますが、世界の幅広い国と貿易関係にある事は、
輸出入の比率を見ればわかります。

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サウジアラビアの輸出入の割合
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輸出上位5か国

輸入上位5か国

上記の様に、サウジアラビアは世界的に見て石油を大量に消費する国々への
輸出が圧倒的に多い構図となります。
また、輸入に関しては世界の経済大国との貿易が大きな比率を占めています。
輸出入ともにややデータが古いもののため、アメリカが上位にランクインしていますが、
シェール革命の影響を考えると比率は今後相対的に低下していく可能性があります。
(軍需産業の結びつきは強いので変わらないかもですが。)

まとめ
イスラム教の盟主としても、石油大国としても、世界に多大な影響を
与えている。




サウジアラビアの産業構造

この章ではサウジアラビアの産業構造についてお話します。

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◇サウジアラビアの産業構造◇
第一次産業(農林水産): 2.5%
第二次産業(鉱業、製造、建設、電力): 45.1%
第三次産業(卸売、小売、運輸、飲食、宿泊、情報通信、金融、不動産、その他サービス):52.3%

上記の様になっており、サウジアラビアの産業構造は第二次・第三次産業が
優勢となっております。
国土の大部分が砂漠地帯ではありますが、一部の地域では農業も行われて
います。
第二次産業は24.1%あり、日本とほぼほぼ同様程度の比率となっています。
(日本は24.4%)

2015年のサウジアラビアの輸出入の主要品目
輸出 1位:原油64.4% 2位:石油製品8.6% 3位:プラスチック7.1%
輸入 1位:機械類28.0% 2位:自動車15.2% 3位:鉄鋼4.4%

サウジアラビアの特徴としては、豊富に産出される原油とその関連産業が輸出において
圧倒的な比率を占める事です。
また、国内の製造業基盤が脆弱なため輸入に関しては機械・自動車が中心となります。

上記の輸出トップ3には出てきませんが、サウジアラビアは食品の輸出もしています。
2015年の金額ベースでは約34億ドルに達しており、その大部分が他の中東湾岸諸国向けです。
また、牛乳・乳製品がトップであり、近年は魚介類の成長率が著しいです。

貿易依存度
輸出:28.5% 輸入:21.2%
サウジアラビアと言えば石油大国としてのイメージが非常に強いですが、輸出・輸入双方ともにそれほど高い数字ではなく、内需が大きい事が推測されます。
内需については、政府支出が約半分を占めています。

(※ 参考 日本の貿易依存度は 輸出:13.1% 輸入:12.3%)

発電比率


火力:100.0
%(2014年)
・サウジアラビアの電力供給はその豊富に産出されるエネルギー資源を利用し、
100%が火力発電となっております。

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次にサウジアラビアの各種産業についてお話します。

ここでは、農業・観光業に絞ってみます。
※サウジアラビア産業の根幹となる石油産業については、地政学視点も交えつつ
説明をしたいので、別の章にてお話します。

農業
国土の大部分が乾燥地帯に分類(52.7%が極乾燥地、45.8%が乾燥地)されるため
耕地面積は極端に少ない状況であり、
国土全体のうち約1.7%が農用地として
利用されています。
主な農産物は

レモン、ブドウ、デーツ(ナツメヤシ)、柑橘類、トマトやキュウリなど
となります。

不毛な砂漠しか広がっていないサウジアラビアではありますが、一時期は
小麦の輸出国であった事はあまり知られていないかと思います。
1980年代に潤沢なオイルマネーを利用し、小麦の生産を行い
一時的には
年間200万トンの小麦の輸出国でありました。
しかしながら、財政的・水資源枯渇の
問題に直面したことで段階的に縮小、
2016年には中止となりました。

ここで示唆的なのは、
食糧の安全保障というのは、国家の存立基盤であり必須の項目となりますが、
サウジアラビア政府は食糧より水を優先させたという事ですね。
それだけ、水資源というのは貴重なものという事です。

さて、少し話が脱線しましたが・・・・。
やや古い情報にはなりますが、
穀物自給率は6.78% となっています。(2015年)
なお、食糧需要の80%以上を輸入しているため、食糧安全保障の面では脆弱となります。
上述の通り、一時的には小麦の輸出国であったが、2016年以降は水資源保護のために
穀物の調達は輸入に依存する様になった影響と考えられます。

・サウジアラビアの土地利用と国土に占める比率(2014年)
耕地面積:365万ha 1.7%
牧場・牧草地:17000万ha 79.1%
森林:98万ha 0.5%
農業従事者一人当たりの農地:362.7ha
となっています。

それでは、サウジアラビアで生産されている有名な農作物を見てみましょう。

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デーツ(ナツメヤシ) 生産量:1,302,859トン 世界第2位(2018年)


(ナツメヤシ)

◇穀物の生産量 生産量:1,378,867 トン 世界第97位(2018年)

以下品目については、生産量は不明でしたが、私たちに馴染み深い農作物も
栽培されている様です。
◇小麦の生産量
 世界第58位(2018年)
◇キュウリ類の生産量 世界第34位(2018年)
◇ナスの生産量 世界第43位(2018年)
◇ブドウの生産量 世界第59位(2018年)
◇トマトの生産量 世界第51
位(2018年)
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その他、ここでは大きく触れる事はしませんが、サウジアラビアに隣接する紅海
アラビア湾では規模は大きくないものの漁業が行われています。
養殖も行われており、2014年の段階ではエビが全体の54%を占めており、
輸出もされています。

◇観光業
2018年9月27日にサウジアラビア政府が史上初めて外国人向けの観光査証(ビザ)
発給を開始しました。
これは石油産業に集中した産業構造から脱却し、多角化を推進する目的があります。
2018年時点でのGDPに占める観光業の比率は3%程度となりますが、2030年をメドに
10%程度への引き上げを目標としています。

それでは、サウジアラビアが有する観光資源について少し紹介します。

サウジアラビアの観光業については、あまり知られていないかもしれませんが、
5つの世界遺産が存在しています。(数が少ないので簡単に紹介しておきます。)
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◇マダイン・サーレハ
登録年:2008年

位置:紅海沿岸のヒジャーズ北部
サウジアラビア初の世界遺産であり、紀元前1世紀から紀元1世紀頃のものが
中心となる古代遺跡である。
なお、同地はサウジアラビアの人からは呪われた場所として考えられている。
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◇ディルイーヤのツライフ地区
登録年:2010年
位置:首都リヤド郊外
1744年~1818年の第一次サウード王国時代の首都であった。その当時の都市遺跡が
多数残されている。1811年~1818年のオスマン=サウジ戦争により都市は滅亡。
現代は近代的な都市として発展し、政庁所在地としても機能。
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◇メッカの玄関にあたる歴史都市ジッダ
登録年:2014年
位置:西部のマッカ州(メッカ州)
紅海に面しており、首都リヤドに次ぐ規模を有する中東有数の世界都市である。
ジッダもしくはジェッダと呼ばれる。イスラム教の聖地メッカへの中継地点として
大きく発展。聖地への大巡礼の期間は毎年200万もの人が訪れている。世界中から
イスラム教を中心に様々な地域からの人が集まり、多様化・多文化への寛容の
精神が育まれている。

(1985年完成の世界一高い噴水 ジェッダ噴水)
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◇サウジアラビアのハーイル地方の岩絵
登録年:2015年
位置:北部のハーイル州
ハーイル州の2つの遺跡から構成。ジュッバ様式という特色があり、優れた芸術性を
有する。さらに、中東最大規模の岩絵群を有し、アラビア半島が砂漠化していった
時代の変遷を窺い知る事ができる。
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◇アハサー・オアシス、進化する文化的景観
登録年:2018年
位置:東部の東部州のアハサー地方
サウジアラビア東部州最大のオアシス地帯。その恵まれた環境のため有史以来、
人類が居住。古くから農業が営まれており、デーツ(ナツメヤシ)の生産では
世界的に有名であり、3000万本とも言われるデーツが栽培されている。
1938年にはダンマーム近郊で油田が発見され、近代的な都市としても大きく
発展した。
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サウジアラビアには世界的に貴重な世界文化遺産が存在しており、
人類史の変遷と現代のオイルマネーによる経済成長の様子を見る事ができます。

まとめ
石油産業が圧倒的に経済を支えているが、農業もあり、
世界的に有名な観光地も保有している。

サウジアラビア経済の根幹 石油産業


この章ではサウジアラビアの石油産業についてお話します。
先ほどの「サウジアラビアの産業構造」の章にて石油産業以外についてはお話しましたが、
サウジアラビア経済の根幹は圧倒的に石油産業となります。

まずは、サウジアラビアの国際的な地位を見てみましょう。

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◇石油
埋蔵量 297,671 百万バレル 世界第2位(2018年)
生産量 578,336 千トン 世界第2位(2018年)
消費量 156,144 千トン 世界第5位(2018年)
輸出量 167,603百万US$ 世界第1位(2018年)

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サウジアラビアの国際的な地位は上記の様になっており、消費量もさることながら、
埋蔵量・生産量・輸出量ともに世界でも有数となります。
文字通り、石油大国の名に恥じない存在感となります。
ちなみに、サウジアラビアの石油がこれほどまでに世界で大きな影響を与えている理由
としてはその生産コストが1バレル4ドル程度(アメリカのシェールは30~50ドル前後)
と世界最安値であり、価格競争力が圧倒的に強い事。
そして、スイングプロデューサー※として絶大な影響力を有しているからです。
(※需給の変化に応じて原油生産を増減させ、価格の安定を図るために調整役を
担う産油国のこと。)
これら2点がサウジアラビアの影響力に直結しています。次にサウジアラビア経済に占める石油産業の位置づけを見てみましょう。
国家予算の87%、輸出金額の90%、GDPの42%(2018年)を占めている一大産業であり、
国家経済の根幹を為している事がよくわかるかと思います。
逆に言えば、石油という資源はサウジアラビアを非常に豊かな大国に押し上げましたが、
石油がなければ今でも砂漠が広がるだけの貧しい国家であったと言えます。

さて、サウジアラビアにとってそれだけ重要な石油産業ではありますが、
過去にはこの石油を戦略的に使い、国際政治を動かしてきました。

皆さんも二度のオイルショック(石油危機)についてはご存じだと思いますので、
ここではその概要だけの紹介とします。
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・第一次オイルショック
1973年の第四次中東戦争を機にアラブ石油輸出国機構(OAPEC)が、親イスラエル
国家への石油への輸出を禁止したことで原油価格が高騰。
→これは親イスラエル勢力への対抗策であり、政治的な判断によるもの。
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・第二次オイルショック
当時世界第2位の産油国であったイランで1979年にイラン革命が発生。
イランの原油輸出が中断され、需要がひっ迫し、価格が高騰。
この時、OPECは増産に慎重な姿勢であった。
→これは政治的な判断によるものではなく、当時のOPEC諸国では資源保護の
色合いが強く出ており、なおかつ中東情勢が不安定になっていたため。
→また、第一次オイルショックの際にも原油価格が高騰しても
需要がある事が
わかっていた事もあるでしょう。

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さて、この二度にわたるオイルショックはあまりに有名なので、もう1つ
紹介しておこうかと思います。それは、ソ連の崩壊です。

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社会主義国の盟主として世界の超大国であったソ連。
このソ連が崩壊した理由に原油価格が非常に大きく関係しています。
上述の1970年代における二度のオイルショックにより、原油価格は大きく上昇
しました。
当時、世界最大級の産油国であったソ連はこの原油価格上昇の恩恵を非常に
強く受けるにいたります。
そして、財政状況が大幅に好転したソ連は空前の軍事力強化を図ります。
これにより、アメリカとの核戦略の均衡化を達成します。
1979年にはアフガニスタンへの侵攻を行いますが、これも原油価格高騰による
潤沢な資金を背景としています。
しかしながら、1981年にはアメリカのレーガン大統領とサウジアラビアが
連携し、原油価格の引き下げを画策していきます。
イスラム国家であるアフガニスタンへの侵攻に激怒していたサウジアラビアは
1985年を境に原油の大増産を行い、1バレル=30ドル前後だった原油価格を
10ドル台に暴落させます。これをリヤド密約と言います。
原油輸出による収益が急減したソ連は財政難に陥り、1991年のソ連崩壊に
つながっていきます。
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この様に、サウジアラビアの石油戦略は国際政治を大きく動かしてきたことが
わかるかと思います。
この章の終わりとして、現代のサウジアラビアの石油戦略について書こうと
思います。
サウジアラビアの石油戦略

現代のサウジアラビアの石油戦略としては、概ね下記の項目になるかと思います。
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・世界におけるサウジアラビア産石油のシェア確保

ロシアやアメリカの様な非OPEC諸国の産油量増加に伴い、世界全体での影響力が低下。
特に世界最大の産油国となったアメリカのシェール潰しの側面が非常に強い。
・世界でのエネルギー供給における石油シェアの確保
世界は二度に渡る石油危機を経験し、先進国を中心に再々可能エネルギーや省エネルギー
に舵を大きくきった。そして、近年では太陽光発電や風力発電の様な再生可能エネルギー
が世界的に大きく普及する時代となっている。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、電気自動車の普及が進めば2030年代には
石油需要自体がピークを迎える可能性もある。
こうした背景があり、世界でのエネルギー供給での原油の地位を少しでも長く持たせ
るという側面もある。
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こうした背景からサウジアラビアの石油戦略として言える事は、
・原油価格を高値にし過ぎず、シェアを獲得していく。
→高値圏で推移した場合、石油の代替えエネルギーの開発・普及が促進される。
→圧倒的な価格競争力を武器に、ライバルとなる産油国を市場から退場させる。

・世界のエネルギー需要を満たすために安定的に供給。
→国際石油市場が安定する事がサウジアラビアの国益に直結するため。
という事になるかと思います。
サウジアラビアは自国が有する石油資源がいずれ価値を失う最後の瞬間まで、最大限有効活用し、国家の成長と発展に利用していくと思われる。

ちなみに・・・2015年に「サウジアラビア・ビジョン2030」を発表しています。
このビジョンの基本的な考え方は、経済・財政における石油依存からの脱却です。
ムハンマド副皇太子は「石油収入への依存は石油中毒で有害である」とし、
「サウジの収入の源泉を原油から投資に変える」
「2030年には原油なしでも生き残る」と述べており、今後の動向には注目でしょう。

まとめ
サウジアラビアの石油戦略は国際政治に多大な影響を与え続け、絶大な影響力を有しているものの、石油依存からの脱却
にも動いている。




サウジアラビアの人口動態と経済成長

この章ではサウジアラビアの人口動態と経済成長についてお話します。

2020年のサウジアラビアの人口ピラミッドは下記に様になっています。

(引用先:populationpyramid.net)

サウジアラビアの人口ピラミッドは中東特別型とされています。

中東特別型は中東の限られた国家群にのみ見られている形態となります。
このタイプの特徴としては、特定の年齢層の男性の比率が突出した形となる事です。
これは、外国人労働者を大量に雇用している事が要因であり、2017年の全人口に
占める外国人比率は37.4%となります。

サウジアラビアの中位年齢は26歳と(2013年)となっており、日本の様な
少子高齢化社会が進展している国とは違い国自体が若いと言えます。

次にサウジアラビアの人口推移と予測です。

サウジアラビアの人口については、2060年頃ををピークに人口減少社会に
突入して
いくものと予想されています。
2060年頃には4500万人前後までは人口の増加が予想されているため、

今の人口より概ね1000万人ほど増える様です。
人口増加に伴う内需の拡大も予想され、経済成長が期待できるでしょうね。

サウジアラビアの2017年の合計特殊出生率は2.37となっており、人口維持に
必要とされる2.07を超えています。

次にサウジアラビアの名目GDP(ドル建て)となります。



サウジアラビアの名目GDPについては右肩上がりといって問題ないでしょう。
人口増加に伴う内需の拡大と、原油輸出による膨大な利益により、
GDPの拡大傾向となっています。
しかしながら、原油価格に大きく依存しているため、原油価格次第では
マイナス成長になる事も考えられます。

次は一人あたりの名目GDP(ドル建て)を見てみましょう。


一人あたりのGDPについても概ね右肩上がりを維持していますが、
その時その時の原油価格に大きく左右されている事から、きれいな右肩上がりと
はならない様です。

ちなみに、
サウジアラビアの一人あたりGDPは23,538.94ドルで世界第38位(2018年)
となります。

中東においては、カタールの一人あたりのGDP(=70,379.49ドル)が最大となっており、
サウジアラビアの一人あたりのGDPはそこまで大きくなく、国民全員が皆、豊かな生活を
送っているというわけではない様です。

なお、2018年のサウジアラビア全体の失業率では6.1%ではありますが、サウジアラビア人に
限ってみれば12.9%となっており、失業率は慢性的に高水準となります。

まとめ
原油価格に依存しつつも、GDPは伸びており、
今後の人口増加による内需の拡大が期待される。

サウジアラビアとイスラム教


この章ではサウジアラビア王国の根幹を為している宗教 イスラム教についてお話します。

イスラム教の歴史を書くだけでブログのレベルを超えて論文や書籍になってしまうので、
超ざっくり概要のみ紹介しようと思います。

イスラム教の概要

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・アッラーを唯一絶対の神として崇め、偶像崇拝を禁止

・メッカ・メディナ・エルサレムの3都市が聖地
・開祖はムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ
・豚肉は食べない、アルコールは飲まない
・2018年時点での世界でのイスラム教徒は16億人以上
・スンニー派(スンナ派とも)とシーア派が代表的な二大宗派。
全世界のイスラム教徒のうち、スンニー派系が87~90%、シーア派系が10~13%
とされる。
主導的な立場の国がサウジアラビア(スンニー派)とイラン(シーア派)。
シーア派が多い地域はイラン、イラク南部、アラビア湾岸地域、アゼルバイジャン等。
・聖典はクルアーン(日本語的にはコーラン)
==================================

といった所でしょうか。
イスラム教には「宗教議会」が存在せず、イスラム教としての統一見解が存在しません。
そのため、宗派やその地域、国家により解釈が異なり、わかりにくい状況を作り出している
様です。

イスラム教と言えばどうしても過激派勢力による自爆テロであったり、
ISIL
(一般的にはイスラム国とされる様ですが、現在ではイラク・レバントのイスラム国
との呼称、もしくはアラビア語圏では敵対勢力である事からダーイシュとも呼ばれます。)
の存在があり、非常に暴力的かつ怖いイメージがどうしても付きまとっているかと思います。

しかし、イスラム教の大部分の人は平和を望んでいますし、現代のイスラム教徒は歴史的に
支配した事がない土地への侵略行為もしておらず、過去に征服した土地の異教徒に改宗を
強制させる様な事もしていません。

そのため、過度に怖い存在などと思わず、付き合っていければいいですね。

サウジアラビアにおけるイスラム教

サウジアラビアの歴史については、既に記載しましたが、その成立にはワッハーブ派の
影響が強くあります。
ワッハーブ派は18世紀半ばにムハンマド・イブン・アブドゥルワッハーブにより行われた
イスラム教の改革運動により誕生しました。
当時のイスラム教徒はムハンマドの示した聖典コーランとムハンマドの言行(スンナ)から
逸脱しているとされ、イスラム教を純化させる事を目的とした改革運動となります。
サウード家はワッハーブ派の守護者としての地位を固め、アラビア半島を統一し、
現代に至るまで強固なつながりを維持し、ワッハーブ派はサウジアラビアの国教となっています。

サウジアラビアはイスラム教の教えに厳格なワッハーブ派を主軸に国家の運営を
行っていた事から、他教徒からすると閉鎖的であったり、情報があまり入って
こない国家とされていました。
しかしながら、時代が移り変わり少しずつサウジアラビア政府のスタンスも変わって
いっている様です。

まとめ
サウジアラビアの歴史にワッハーブ派が果たした役割は非常に
大きく、現代でもそれは変わらない。

サウジアラビアの地政学と中東情勢


この章ではサウジアラビアの地政学についてお話します。

まずは、サウジアラビアとその周辺の地勢的説明をします。

サウジアラビアの国土は東部が平地、西部が高地となっています。
そのため、地勢的にもサウジアラビアの国防上、ペルシャ湾に面している東部が
最重要となります。
サウジアラビア経済の屋台骨を支えている油田の大部分はペルシャ湾に面した
地域に存在している事からもわかるかと思います。

また、ペルシャ湾を挟んでシーア派の盟主、イランと接しており、
現在この両国は激しく対立している状況となります。
このイランとの関係については、後ほど記述しています。

なお、サウジアラビアは紅海を挟んでエジプトやスーダンとも隣接しています。
エジプトは中東・アフリカでも有数の軍事大国ですが、両国の関係はアラブ世界の
「安定の大黒柱」と称されているほど良好な関係を築いている点から衝突する事は
皆無となるでしょう。
スーダンに至っては、他国との本格的な軍事衝突を行った事がない国となるため、
国家の脅威にはなりえません。
北部で国境を接しているイラクについては、過去は中東でも有数の軍事力を有して
いましたが、2003年のイラク戦争により中東の覇権争いからは脱落しています。
イスラエルについては、過去激しく対立していましたが、現在は両国ともに
関係改善の機運が高まっているため、軍事的な衝突も考えにくいかと思います。
南部で国境を隣接しているオマーンやイエメンについては圧倒的にサウジアラビア軍が
優勢なため大きな問題とはなりえません。
その他のペルシャ湾に面している湾岸諸国とも友好な関係を築いています。

さて、そうなると、サウジアラビアにとってはイランが最大の脅威となります。

そのため、今回はイランとの関係性に絞りお話します。

イランとの関係性
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サウジアラビアはスンニー派 イランはシーア派であり、両国には宗派の違いが
存在していますが、宗派が違うからといって長らく対立をしていたわけではありません。
イランとの対立を決定的にしたものは1979年のイラン革命です。
イランはこの革命を諸外国に輸出するという政策に動き、サウジアラビアではクーデターや
政府要人の暗殺未遂などにつながっていきました。
これに危機感を募らせたサウジアラビアはイランと対立する様になっていきます。
イラン革命の指導者が死去した際に、国交の回復という形で関係の改善がされた時期も
あり、両国の歴史が対立ばかりというわけではありません。
しかし、2003年のイラク戦争により状況が大きく変わっていきます。
当時のイラクは中東諸国の中でも有数の軍事力を有していましたが、イラク戦争により
中東の覇権争いから脱落してしまいます。
サウジアラビア・イラク・イランの三か国で中東のパワーバランスが保たれていたものが
崩壊し、現在の対立につながっている様です。
イランとの直接的な軍事衝突は起こっていませんが、シリアやイエメンなどの紛争地に
介入し、互いの敵対勢力を援助し、両国の代理戦争の模様を呈しています。
現在の両国の対立は、中東での地域大国としての覇権争いであると言えるでしょう。

※ちなみに、イスラエルとイランは双方の存在を最大の脅威として認識しています。
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なお、サウジアラビアは67,555百万ドル(2018年)で世界第3位の軍事支出国となり、
アメリカの同盟国として軍事力の強化に余念がない様です。
その理由は上述の通り、イランという脅威に対処するためであり、2020年のGlobal Fire社のランキングによればイランは世界第14位、サウジアラビアは世界第17位という位置づけであり、軍事的に後塵を拝している様です。
(この順位が絶対のものではありませんが、あくまで参考程度に。)

この様に、サウジアラビアは中東での地域大国としての覇権争いを演じており、若き指導者であるムハンマド皇太子を筆頭に、今後のサウジアラビアの動向には注視する必要があるでしょう。

まとめ

サウジアラビアはその地勢的にペルシャ湾が非常に重要であり、隣国のイランと中東での覇権争いを演じている。




終わりに


地政学編第14弾 サウジアラビアは如何でしたでしょうか。
正直、サウジアラビアに関しては紹介すべき内容、知っておいたらいいと思われる情報が多数
あり過ぎてまとめあげれたとは到底思えません・・・。私の力量不足です。すいません。

サウジアラビアは地政学的な要所にその国土が位置し、イスラム教世界では盟主として君臨し、世界経済には石油という国家存立の基盤となる戦略的資源を有しているというチート級
の国家となります。(最強はアメリカだけどね?)
サウジアラビアのその力の源泉は石油から生み出されるマネー(オイルマネー)によります。
要は世界的に有用な石油という資源を膨大に有したため今のサウジアラビアの存在感があるのです。
しかしながら、世界は徐々に脱石油を考え、再生可能エネルギーへの投資や技術開発を行って
おり、世界の総需要に対する石油の供給量はどこかで頭打ちになるともいわれています。
そうなった際に、サウジアラビアに残されたものは広大な砂漠だけになってしまいます。
何も生み出さないただただ広大な砂漠だけ、それはサウジアラビアという国家の存立を根底から脅かします。
そういった背景もあり、サウジアラビアは脱石油を真剣に考え、産業の多角化を推進しています。

また、中東の安定化は日本の国益に大きく直結します。これは今後10年は最低でも変わらないでしょう。
そのため、サウジアラビアは日本にとっては非常に重要な国家に変わりはありません。

サウジアラビアの国際的な動向を知り、考える際に地政学的な視点は非常に重要な要素となります。
本記事が皆さんの国際教養・知識の拡充に貢献できたのなら幸いでございます。

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Wikipedia
ーサウジアラビア
ーサウジアラビアの歴史
ーサウジアラビアの経済
ーサウジアラビアの世界遺産
ーマダイン・サーレハ
ーディルイーヤ
ージッダ
ーサウジアラビアのハーイル地方の岩絵 
ーオイルショック
ーワッハーブ派
ーアハサー・オアシス、進化する文化的景観
ーISIL
世界経済のネタ帳
ー世界の人口ランキング
ーサウジアラビアのGDPの推移
ーサウジアラビアの一人当たりのGDPの推移
ーサウジアラビア経済
ーサウジアラビアの合計特殊出生率の推移
pixabay.com ←画像などはこちらから引用させてもらっています。
データブック オブ・ザ・ワールド 2018 ←そろそろ新しいの買わないとね・・・。
人口ピラミッドから見える世界各地、国家の現状と将来(6)
世界の統計2018
worldatlas
globalnote.jp
ーサウジアラビアのエネルギー 統計データ
ーサウジアラビアのエネルギー資源 統計データ
ーサウジアラビアの食品・農林水産業 統計データ
ー世界の石油輸出額 国別ランキング・推移

サウジアラビアの未来
サウジアラビアの宗教を解説!厳格なイスラーム教の国と呼ばれる理由
海外旅行のフロンティア!サウジアラビア観光の魅力は
サウジアラビアが観光ビザ発給へ、石油依存からの脱却目指す
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サウジアラビアはなぜ西側にとって大事なのか 5つの理由
サウジアラビアの歴史
外務省

ーサウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia) 基礎データ
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サウジ、原油埋蔵量2685億バレルに上方改定 アラムコの企業価値アピール
サウジアラビアの投資環境とリスク
中東の自然と石油
サウジアラビア王国の産業基盤
サウジアラビア王国のJuniperus procera林
サウジアラビアにおける農業・水産業・食品産業の概況及び市場について
世界史の窓
ーサウジアラビア王国
ーワッハーブ派
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