【地政学編 ポーランド】~国家の消滅を何度も経験した悲劇の国。現代は中東欧における地域大国へと躍進!~

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皆さんこんにちわです。
クラッド(@kura_x_tudo)です。

いつも【クラッドの投資で自由を掴むブログ】を見て頂きありがとうございます。
今回はポーランド共和国という国家を地政学の視点からお話したいと思います。




ポーランド共和国の概要


ポーランド共和国の概要

ポーランド共和国(以下:ポーランド)は東ヨーロッパ北部に位置しており、首都である
ワルシャワは北緯52度と高緯度に位置(日本近隣で言えばカムチャッカ半島先端)している。
高緯度の国ではあるが、冬の寒さはそこまで厳しいわけではなく、夏は気温が30度を超える
が、湿度が低いため比較的過ごしやすい気候となっており、日本と同様に四季が存在。

ポーランドという国名はポーレ(平原・農牧地)が由来であり、それにランド(土地・国)
を付け成立。国名の由来の通り、国土面積の9割が標高300mとされ、広大な平地が広がる国として知られている。(平原の国として有名)
人口の97%がポーランド人から構成されており、ほぼ完全な単一民族国家であり、宗教はカトリック教が88%と大多数を占める。
中東欧諸国では最大規模の人口を有し、EU内でも第6位の人口規模を誇る国家でもある。
2008年のリーマンショックでもEU内で唯一のプラス成長を維持したヨーロッパの優等生
とされ、25年以上にわたるプラス成長を維持。
今後の経済発展が期待されている国家である。

◇ポーランド共和国:Republic of Poland

◇公用語:ポーランド語

◇首都:ワルシャワ

◇大統領:アンジェイ・ドゥダ

◇国土面積:312,685㎢(世界第69位)
(日本は377,915㎢なのでやや日本より小さいくらい。九州と四国を引いたくらいの面積)

◇人口:37,84万6,605人(世界37位)(2020年)
(引用先:populationpyramid.net)

◇GDP(名目):585.82(10億ドル)(世界22位)(2018年)

◇通貨:ズロチ

※注意書き
本記事ではポーランドを「中東欧」として表記いたします。
「東欧」という枠組みで語られる事が多い様ですが、近年は中欧という呼び名も
普及しつつある様です。
そのため本記事では、東欧・中欧の区分けは使わず中東欧として表記します。

ポーランドの過去と現在

この章ではポーランドの過去と現在についてお話しようと思います。

まずは、ポーランドの歴史を見てみましょう。
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◇ポーランドのはじまり◇
・10世紀 

スラブ系ポーランド人がポーランド王国(ピアスト朝)を建国。
西はオーデル川、東はヴィスワ川の間の平原を国家の領域とし、カトリック教を
容認。

・11世紀
神聖ローマ帝国から政治的・宗教的に独立した立場を得るが、ドイツ人のポーランド領内の
東方植民(ドイツ人により11世紀~14世紀に行われたヨーロッパ北東部への植民活動の事。)が増加し、ドイツ人の影響力が増大。

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◇ポーランド王国の発展◇
・1241年

モンゴル帝国のバトゥ率いる遠征軍がポーランドに侵入。ドイツ=ポーランド連合軍として
対抗したが、ワールシュタットの戦いで敗退。
しかし、モンゴル帝国はすぐ撤退したため支配はされなかった。

・14世紀 ポーランド王国全盛期
カジミェシュ3世の時代にベーメン王国(チェコ)とドイツ騎士団の勢力を駆逐し、国内の
発展に尽力し、全盛期を迎える。

1386年にピアスト朝の王位継承者が断絶したため、ドイツ騎士団の東方進出に対抗するため、
リトアニア=ポーランド王国(ヤゲウォ朝)が成立した。

・15~16世紀 ヤゲウォ朝の発展
1410年にタンネンベルクの戦いにヤゲウォ朝が勝利し、東方進出を阻止。
1454年~1466年の十三年戦争でもヤゲウォ朝が勝利し、バルト海への出口となるグダニスク(独名:ダンツィヒ)を獲得。
このグダニスクは商業港として非常に重要であり、穀物・木材の輸出を急速に押し上げた。

これにより、経済が飛躍的に成長し14世紀~16世紀にゲウォ朝は大きく発展する事となる。

・1569年 ポーランド=リトアニア共和国の誕生と栄光
ヤゲウォ朝の発展に伴い東欧での地域大国となった両国は、1568年の「ルブリンの合同」により正式に合同。
2つの構成国は公的には対等な関係であるが、実質的にはポーランドがリトアニアを併合。
これにより現在のポーランド・ベラルーシ・リトアニア・南部ラトビア、ロシアとウクライナの一部を領土とするヨーロッパ随一の大国が誕生。
ポーランド=リトアニア共和国は16、17世紀のヨーロッパ世界ではオスマン帝国に次ぐ広大な領土を有した地域覇権国であった。

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◇ポーランドの衰退◇
・1572年 衰退の始まり

1572年にヤゲウォ朝が断絶した事により、選挙王政(※シュラフタ民主政とも)が開始。
(※シュラフタとは国王の選出に影響力を及ぼす事ができる大小の貴族層の事。)
しかし、このシュラフタ同士の権力争いと、周辺諸国の介入などにより国家の衰退がはじまる。

・1648年 大洪水
ウクライナでコサックが反乱を起こした事をきっかけに、ロシア軍とスウェーデン軍の介入を招いた。これにより、国土は荒廃し、中小のシュラフタが没落する状態となり、ポーランドの衰退の大きな転機となる。
スウェーデンの北方からの侵入をポーランドでは「大洪水」と言う。
さらに、1660年には後のドイツ帝国に発展するプロイセン公国の独立を承認した。

※コサックとは:南ロシアの草原で半農半牧の生活を送る集団の事。
※公国とは:国王から与えられる地位であり、形式的には王国に従属している形態となる。

・1701年 北方戦争(大北方戦争)
国力が低下しつつあったポーランドはロシアとスウェーデンの侵入を再度受け、国力の
衰退に拍車をかけた。

1733年~1735年にはポーランド王の選出を巡り、ポーランド継承戦争が勃発。これにフランス・オーストリア・ロシアの三か国から干渉を受け、衰退がさらに進んでいく。
この時期のポーランドはシュラフタ同士の権力争いが激しく行われており、主権国家形成を阻害する大きな要因となっていた。

・18世紀末 三度に渡るポーランド分割と国家の消滅
18世紀前半にはスペイン継承戦争・北方戦争・オーストリア継承戦争・七年戦争と繰り返し戦争が行われ、その結果ヨーロッパではプロイセン(ドイツ)・オーストリア・ロシアの三国が台頭。
その様なヨーロッパ情勢を背景に、衰退国家であったポーランドの分割が三度に渡り行われ、
1795年の第三回ポーランド分割では地図上から国家が消滅する。

(引用先:世界の歴史まっぷ様 ーポーランド分割(18世紀)地図 )

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◇ポーランドの一時の自由◇
・1806年 ワルシャワ大公国成立

1806年にイエナの戦いでナポレオン軍がプロイセン軍を破り、ワルシャワ大公国を建国。
しかし、フランス帝国の衛星国に過ぎず、ポーランド人の国家ではなかった。
ナポレオン死後に、ワルシャワ大公国は解体されロシア皇帝を国王と仰ぐポーランド立憲王国が成立。
この時代、ロシアの支配を脱するため度重なる独立運動と蜂起を繰り返すが全て鎮圧される。

・1918年 ポーランド独立
1914年にサラエボ事件を発端に第一次世界大戦が勃発。
この大戦によりポーランド分割を行っていたドイツ帝国・オーストリア=ハンガリー二重帝国・ロシア帝国の周辺列強は崩壊。

1918年にはポーランドは123年ぶりに独立を勝ち得、ポーランド共和国が建国。
1920年にはポーランドとソビエト=ロシアとの国境が確定しておらず、18世紀のポーランド分割により奪われた土地を返還する様にロシアに要求するが、交渉が決裂。
そのため、ポーランドがソビエト=ロシアに侵攻し、ソビエト=ポーランド戦争が勃発。
この戦争により、ポーランドはベラルーシとウクライナを獲得。
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◇周辺列強に再び翻弄されるポーランド◇
・1930年代 独ソの領土的野心
この時代、ポーランド西部のドイツではヒトラー率いるナチスドイツ、ポーランド東部ではスターリン率いるソ連が台頭し、ポーランドは独ソの二大強国に挟まれた情勢であった。
1935年にはナチスドイツはポーランド回廊の自由通行を承認する様圧力をかけた。

これは第一次世界大戦でドイツが失った領土の回復と東方への生存権の拡大を求めたものであり、ポーランドへの領土的野心を露わにしていた。
ソ連は自国の国土防衛のために緩衝地帯としてポーランドの地を重要視していた。

・1939年 独ソの第四次ポーランド分割
ナチスドイツの電撃戦によりポーランド軍は3週間たらずで壊滅し、首都ワルシャワが陥落。
独ソ間での秘密協定によりポーランド西部はナチスドイツ、東部をソ連がそれぞれ分割し占領した。
この独ソによるポーランドの分割は第四次ポーランド分割と呼ぶこともあり、ポーランドは再び地図上から消滅するに至る。
このポーランド侵攻は第二次世界大戦のヨーロッパ戦線で最も大きな犠牲を出した戦闘とされる。

独ソによる支配は過酷を極めたとされ、ナチスドイツの占領中に全人口の20%とされる600万人もの人々が殺害された。
ソ連の占領中には180万人に呼ぶポーランド人が殺害もしくは国外追放された。
その中でも特に有名なものはカティン(カチンとも)の森事件がある。

・1941年 独ソ戦勃発と支配者の変遷
1941年ナチスドイツとソ連間で独ソ戦が勃発。この二か国の戦争は苛烈を極め、ソ連側の死者は1470万、ドイツ側の死者は390万という空前絶後の規模の戦争であった。

ナチスドイツはポーランド内のソ連軍勢力を駆逐したが、1943年のスターリングラード攻防戦で形勢が逆転。
1944年には反ドイツのワルシャワ蜂起が起こり、18000人の軍人と約15万人の市民が犠牲となり、ワルシャワの建築物の約8割が瓦礫と化した。

その後、ソ連軍が優勢となり、ポーランド領からドイツ軍勢力を駆逐したソ連軍は、ポーランドを支配下に置いた。
ポーランドは東側諸国の一角としてソ連の勢力圏に組み込まれ、スターリン主義という新たな支配者に抑圧される事となる。

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◇ソ連による支配と独立運動◇
・第二次世界大戦の終結後のポーランド
第二次世界大戦により、ポーランドはベラルーシやウクライナの領土をソ連に奪われ、その変わり
以前ドイツが支配していた領土を編入した。これにより、戦前と比較し国土全体が大きく西に移動する事となった。
1952年にはポーランド人民共和国として独立。しかし、ソ連の衛星国として強い影響下にあった。
1953年のスターリンの死後、ソ連内でもスターリン批判が行われる様になった。その影響を受け、反ソ暴動が発生。これによりソ連から一定距離を置いた社会主義路線を歩める様になる。
1970年代は経済の停滞が濃厚となっていき、物価上昇に反発した暴動が起こり、反政府運動が発生。
1980年代にワレサを議長とする「連帯」(ソリダルノスチ)が結成。

この様なポーランドの民主化への動きを警戒したソ連が圧力を強めるものの、ヤルゼルスキ政権が一定の経済自由化を
推進し、複数政党による選挙を認めるなどした。
1989年にはヤルゼルスキ政権と「連帯」との交渉により、複数政党制の許可がされ民主化が開始。

6月には東欧初ので自由選挙が行われ、「連帯」系の内閣が成立。12月には「人民」を外しポーランド共和国と改名。この動きは東欧革命の先駆けとなる。
1999年には北大西洋条約機構(NATO)、2004年にはヨーロッパ連合(EU)にそれぞれ加盟。

2007年に成立したドナルド・トゥスク政権は2008年の世界金融危機においても巧みな経済政策を行い、EU内で唯一景気後退を回避。

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次にポーランドの世界との関わり方を見てみましょう。

ポーランドの外交基本方針

NATO・EU・アメリカとの関係性を重視し、国家の安全保障と発展を志向。
中・東欧諸国内では地域大国としても存在感を発揮し、周辺諸国と緊密な関係性を維持。

参考:外務省ーポーランド共和国(Republic of Poland)基礎データ

ポーランドは歴史上、特にロシアを中心とする周辺諸国に度重なる侵略を受けていた事もあり、
安全保障の観点から欧米諸国(=西側諸国)との関係性を重視。
国家の安全保障確保のためにも積極的な外交政策を展開している。

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ポーランド輸出入主要国・地域内訳(2017年)
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輸出上位

輸入上位

上記の様に輸出・輸入ともにポーランドは欧州諸国との関係が非常に色濃く出ております。
EUの盟主とされる隣国ドイツが輸出入ともに概ね27%前後と非常に高い数値となっており、経済的に深く結びつきがある様です。
また、伝統的に反露感情が強いポーランドですが、輸入においてはロシアも上位に上り、エネルギー資源の大部分を依存している形となります。

まとめ
周辺諸国による侵略のため、地図上から国家が消滅するという苦難の歴史を歩みつつも、現代では中東欧の地域大国となっている。




ポーランド産業構造

この章ではポーランドの産業構造についてお話します。

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◇ポーランドの産業構造◇
第一次産業(農林水産): 3.2%
第二次産業(鉱業、製造、建設、電力): 32.9%
第三次産業(卸売、小売、運輸、飲食、宿泊、情報通信、金融、不動産、その他サービス):63.9%

上記の様になっており、ポーランドの産業構造は第一次産業に占める比率は
比較的小さくなっております。
その変わりに第二次産業が30%を超えており、製造業が経済に占める比率は
相当に高い事がみてとれます。
その比率は隣国のドイツと同じ様な比率となります。(ドイツは31%)
また、残りは第三次産業が占めており、サービス業も大きく発展しています。

2016年のポーランドの輸出入の主要品目
輸出 1位:機械類23.9% 2位:自動車12.1% 3位:家具5.3%
輸入 1位:機械類24.6% 2位:自動車9.7% 3位:鉄鋼4.0

ポーランドの特徴としては、輸出入ともに第一位と第二位の品目が
機械類・自動車と
となっている事ですね。
GDPの比率を見ても第二次産業の占める割合が大きい事から、ポーランドの製造業は
活発であり、その中心は自動車産業となります。

貿易依存度(2016年)
輸出:43.3% 輸入:42.2%
貿易依存度は関しては輸出・輸入双方ともに非常に高い数値を示しています。
ポーランドの堅調な経済発展は自動車産業の発展とドイツへの輸出に大きく
依存しているため、輸出入の依存度が高くなる傾向となります。
(※ 参考 日本の貿易依存度は 輸出:13.1% 輸入:12.3%)

発電比率

ポーランドの電力供給の約9割が火力発電由来となります。
さらに火力発電のうち、石炭由来がその大部分を占めております。
その比率は8割にもなり、石炭への依存が非常に強いのが特徴となります。

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次にポーランドの各種産業についてお話します。
ここでは、農業・自動車産業・鉱業に絞ってみます。

農業
ポーランドの農業規模は中東欧諸国内では最大であり、EU内でも重要な農業国
とされています。
ポーランドの農地面積はEU内で見るとフランス(約2800万ha)、スペイン(約2500万ha)に次いで約1910万haで第3位に位置しています。

その中で実際に農業生産に利用されている土地は1632万haであり、国土面積の52.2%を
占めています。
その広大な平地を利用して盛んに農業が行われていますが、87.7%が個人農家となっており、
小規模な農家なら大規模な農家まで幅広い農家規模が存在。それ故に土地生産性が低い事が課題となっています。(上記は2004年のやや古いデータ引用)
また、小規模農家が多いためポルチーニ茸、エスカルゴ、カシス、ベリー類などの様な付加価値の高い農作物の栽培が盛んであります。
主要農作物:てん菜、小麦、ばれいしょ、リンゴ、生乳などがあります。

農産物・食料品(2018年)
輸出額:世界第15位
輸入額:世界第16位
農業生産額:世界第40位

ポーランドの穀物自給率は124%となっています。(2017年)

・ポーランドの土地利用と国土に占める比率(2014年)
耕地面積:1130万ha 36.9%
牧場・牧草地:312万ha 10.2%
森林:941万ha 30.7%
農業従事者一人当たりの農地:5.2ha
国土の大部分が耕地もしくは森林(もしくは湿原)での利用となっている様ですね。

それでは、ポーランドで生産されている有名な農作物を見てみましょう。

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以下に世界での生産量がBEST3位に入っている農作物を紹介します。

世界生産量第2位(2018年)
ライ麦(ライムギ 生産量:2,166,884トン ドイツに次ぐ

世界生産量第3位(2018年)
◇リンゴ 生産量:3,999,523トン 中国・米国に次ぐ

穀物全体の生産量では26,779,782トン(2018年)となっており、
世界第22位に位置しています。

以下品目については、生産量は不明でしたが、主要な農作物や生産量上位のものを
記載しておきます。(データは全て2018年のもの)
◇蕎麦の生産量 世界第5位
◇小麦の生産量 世界第17位
◇トウモロコシの生産量 世界第28位
◇大麦の生産量 世界第14位
◇燕麦(エンバク・オーツ麦)の生産量 世界第5位
◇キャベツ・白菜類の生産量 世界第9位
◇ニンジン・カブ類の生産量 世界第7位
◇ジャガイモの生産量 世界第9位
◇イチゴの生産量 世界第9位
◇テンサイの生産量 世界第6位

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◇自動車産業
ポーランドの自動車産業は主要産業の一角を占めております。
自動車産業の歴史は古く、1920年頃から自動車生産の計画が行われ、1930年頃から
本格的な生産がはじまりました。
二度に渡る世界大戦・東西冷戦とソ連の崩壊など数多の困難を乗り越えて、
現在に至ります。
自動車産業の中心はポーランドの南部と西部であり、ドイツを中心をした西欧諸国への
輸出向けに製造されている事が大きく影響しています。
さらに、ポーランドの自動車産業の特徴としては、欧州の自動車生産においてエンジンの
供給地となっている事でしょう。
近年は自動車産業の発展が著しく、過去10年で売上は100%増加し、2018年には1510億
ズロチを記録しました。(1ズロチ=約30円)
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鉱業
ポーランドは鉱物資源に恵まれた国となります。
石炭・亜炭を中心とする有機鉱物資源とベースメタル(銅・鉛・亜鉛など)である
非鉄金属が豊富に産出されます。

特にここではポーランドの代表的な鉱物資源である石炭について記述します。

石炭
ポーランドは埋蔵量・生産量ともに世界では10番前後なりますが、ヨーロッパでは
有数の石炭生産国となり、典型的な石炭資源国となります。
一次エネルギーの約50%を石炭に依存しており、同国のエネルギー政策の根幹と
言える存在となります。

近年のヨーロッパでは脱石炭の流れが加速しており、ポーランドでも脱石炭に
向けての政策的な動きはありますが、重要なエネルギー源である事に変わりは
ありません。

2030年の同国のエネルギー戦略としては、石炭による発電の比率を60%以下、
再生可能エネルギーによるエネルギー供給を21%とし、二酸化炭素排出量を1990年比で
30%削減するという野心的な目標を掲げています。

ポーランドの石炭産業は下記の様になります。
埋蔵量:24,161百万トン(世界第10位)(2016年)
生産量:52.3石油換算で百万トン(世界第9位)(2016年)
消費量:48.8石油換算で百万トン(世界第10位)(2018年)
輸出額:世界第11位(2018年)
輸入額:世界第12位(2018年)

また、ポーランドの石炭産業はエネルギー安全保障の観点からも同国に多大な貢献
をしていると予想されます。
ポーランドの地政学の章にて後述いたしますが、ポーランドは石油・天然ガスの
8割をロシアからの輸入に頼っているという実情があります。
そのため、同国の安全保障にも直結する事からも豊富に産出させる石炭を最大限
活用していく必要があるでしょう。
段階的に石炭依存は低下させていく事が予想されますが、それまでは石炭は重要な
エネルギー資源であり続ける事でしょう。

その他の鉱物資源については下記の様になります。
◇銅の生産量 世界第13位(2015年)
◇金の生産量:3,600kg 世界第54位(2017年)
◇鉛(精鉱)の生産量 世界第21位(2015年)
◇パラジウムの生産量 世界第10位(2017年)
◇プラチナ(白金)の生産量:97 kg 世界第11位(2017年)
◇レ二ウムの生産量 世界第2位(2017年)
◇銀の生産量 世界第8位(2016年)

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まとめ
農業国・鉱物資源国としての側面と自動車産業を中心とする製造業国としての側面を併せ持つ。




ポーランドの人口動態と経済成長

この章ではポーランドの人口動態と経済成長についてお話します。

2020年のポーランドの人口ピラミッドは下記に様になっています。


(引用先:populationpyramid.net)

ポーランドの人口ピラミッドは航空管制塔型とされています。

航空管制塔型は中長期で見ると、人口の減少もしくは大幅な減少が予想され、
少子高齢化・人口減少社会が進展していく事が予想されています。

2020年時点でのポーランドの中位年齢は41.8
なっており、イタリアの47.9歳ほどではありませんが、フランスの42歳とほぼ同程度なので、少子高齢化社会が進展していると言えるでしょう。

次にポーランドの人口推移と予測です。

ポーランドの人口については、2000年頃の3855万6699人が人口の最大値となり、
現在は人口減少社会に突入しております。

ポーランドの2017年の合計特殊出生率は1.39(2018年の日本は1.42)となっており、
2003年に過去最低の1.22を記録して以降は1.35前後で推移しています。

人口成長率は2000年以降、0%近辺を維持しておりますが、人口減少に歯止めがかかっていない状況となります。

次にポーランドの名目GDP(ドル建て)となります。



1990年を境にポーランド経済は右肩上がりの成長となっており、驚くべき事は2008年のリーマンショック時でもEU内で唯一プラス成長を維持している事でしょう。
2012年に南欧を中心に吹き荒れた欧州債務危機の影響により個人消費が鈍り成長率が低下した時期はありますが、それでもプラス成長を維持しています。

ポーランドのこの好調な経済発展は1990年に市場経済に移行した事が大きな要因となります。
さらに、2000年頃からの成長の加速は2004年にEUに加盟した事で、そのメリットを十分に享受した結果となります。

次はポーランドの一人あたりの名目GDP(ドル建て)を見てみましょう。

名目GDPと同様に1990年頃を境に好調な経済発展に伴い一人あたりの名目GDPも増加傾向となっています。


ちなみに、
ポーランドの一人あたりGDPは15,425.68ドルで世界第57位(2018年)
となります。


まとめ
ポーランドは既に人口減少社会に突入しているが、一人あたりの生産性を伸ばし順調な経済発展を遂げている。

ポーランドの地勢と周辺諸国との関係


この章ではポーランドの地政学についてお話します。

◇ポーランドの周辺地勢◇
まず、ポーランド周辺の下記の地形図を見て下さい。
(クラッド作の簡易的な地形図で失礼します。)

ドイツーポーランドーロシアの間には広大なヨーロッパ平原が広がっております。
このヨーロッパ平原は北ヨーロッパ平野と東ヨーロッパ平野から構成されています。
これらの広大な平原の広さは400万平方㎞で、標高の平均は170mとなります。

北ヨーロッパ平野はベルギー、オランダ、ドイツ、デンマーク、ポーランド
東ヨーロッパ平原はロシア、バルト三国、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバ、
カザフスタンにまたがります。

この広大な平地の中のほぼほぼ中心部に位置する国 それがポーランドとなります。

自然の障壁が存在しないという事は、敵対国からの侵入が容易である。
という事になります。
これはポーランドだけに言える事ではありません。

・ロシアから見た場合
ロシアの脅威は歴史上、西部から幾度となく襲来してきました。
(厳密にはモンゴル帝国時代の侵略もありますが。)
代表的なものは下記になるでしょうか。
フランスのナポレオン軍の侵略
第二次世界大戦のナチスドイツの侵略
ロシアは国土防衛をするために、国境線を西に西に動かそうという政策になります。

・ドイツ
ドイツはフランス・ポーランド(もしくはロシア)の周辺列強に挟まれた形となります。
そのため、国土を防衛するためには、ロシア以上に周辺諸国からの軍事的圧力に敏感に
ならざるを得ません。
第一次世界大戦・第二次世界大戦でもドイツは持てる軍事力を最大限投入し、敵国勢力を
早期に粉砕しようとしました。
それは、東西を敵国に挟まれた形となった場合での戦争は非常に厳しい状況となる事が
わかっていたからとなります。

・ポーランド
ポーランドは上記の2か国に挟まれた形となり、その両国は産業革命以後、急速に
国力をつけてきた国家となります。
軍事力の増強に伴い、両国とも拡張政策をとる様になり、ポーランドの地はロシアと
ドイツにとって、それぞれ自国を防衛する際に重要な地域となります。
何故なら、ポーランドの地は平原。ドイツはロシアに、ロシアはドイツに攻め入る際に
確実にポーランドの地は通る形となります。
そういった背景から、ポーランドの地を両国は争う形となりました。

どの国も、自国を守るために軍事力を増強させる

周辺諸国は自国の安全保障確保のために軍事力を増強

互いに疑心暗鬼に陥り、際限ない軍備拡張となる。
といった構図が繰り広げられていきました。

◇ポーランドの歴史◇
ポーランドの歴史の章でもお話しましたが、かの国は周辺の大国の影響を色濃く
受けてきた歴史を持ちます。

ドイツ・ロシア・オーストリアの周辺列強により国土の分割・国家の消滅を
経験しております。
特に、第二次世界大戦では、独ソに分割占領され、総人口の約20%を失いました。

そのため、【悲劇の国】とも言われております。
周辺列強による国土の蹂躙の犠牲として国土を追われたポーランド人は1000万人
を超えているともされております。


こういった歴史的な背景もあり、ポーランドはロシアとドイツに対しては
警戒心が強くあります。
特に歴史的に対立し続けてきたロシアに対しては非常に強い警戒心があり、
世界有数の反露国家となります。

次に反露感情が強いロシアとの現在の関係性について記述します。

・ロシア
Wikipediaの回数を参照としていますが、ポーランドとロシアの過去の
戦争回数は18回に上り、幾度となく戦火を交えてきました。
繰り返しになりますが、ポーランド人のロシアに対する警戒心は非常に高く、
反露感情は世界有数となります。
しかしながら、石油・天然ガスの約8割をロシア産に依存している現状があり、
ロシア依存度の低減が非常に重要な要素となります。
ポーランドのエネルギー全体の自給率は71%(2015年)ではありますが、石油の
輸入依存度は96%(2015年)。
大部分をロシアから輸入しているという
事は非常に危惧される要素となるでしょう。

近年のロシアは軍事力を背景に、領土拡張政策をとりつつあります。
中東の紛争への介入。
黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方への介入。
そして、クリミア半島併合とウクライナへの介入。
こういったロシアの行動は、伝統的に反露感情が強いポーランド人からすると、
神経を尖らせる大きな要因となります。

それは、近年のポーランド軍の動きにも表れています。


◇ポーランド軍概要◇

ポーランド共和国軍は1918年に創設されており、2009年に徴兵制を廃止、現在は志願制を
採用しています。

陸軍・海軍・空軍・特別軍・領土防衛軍の5軍種から構成されています。

領土防衛軍とは?
2017年に新設された軍種であり、平時は軍務以外の仕事で就労している国民から構成される。2019年時点での兵員数は23000人。
2014年にロシアとウクライナの間で勃発したクリミア危機・ウクライナ東部紛争を教訓として運用されている。

こういったポーランドの動きを見ればわかるでしょうが、ポーランドにとってのロシアという
存在がいかに現実的な脅威として認識されているかがよくわかるかと思います。

まとめ
ポーランドはその地勢的な宿命からは逃れられない。




終わりに


地政学編第16弾 ポーランドは如何でしたでしょうか。

平原の国、ポーランド。
この国はポーランド=リトアニア連合王国としてヨーロッパ随一の地域大国となり輝かしい黄金時代を築いた時代もありました。
ヨーロッパの頂点から転落し、最終的には周辺諸国に国土を蹂躙され、地図上から消滅
するという悲劇も経験しました。

私たち日本人からすると、国土の全てを諸外国に奪われ、住むところを追われるという
のは、なかなか想像できる話ではない様に感じます。
日本とポーランドは物理的にはユーラシア大陸のほぼ両端に位置しておりますし、
テレビや新聞などで話題になる事もあまり少ない様に感じます。

そんな中、私の記事が少しでもポーランドについての理解を深める一助となったのなら
幸いです。

最後に親日国として有名であるポーランドとのエピソードを紹介して終わりに
しようかと思います。おそらく皆さんもご存じの事が多いかと思いますが(笑)

日本とポーランドの絆は1904年の日露戦争時代に遡ります。
当時、ポーランドはロシア帝国の支配下にあり、独立の機会をずっと窺っていました。
そんな中、極東の新興国家である日本がロシアとの開戦に踏み切ります。
満州南部・遼東半島・日本近海で両軍が衝突し、激しい戦闘の末、日本の勝利に終わります。
この日本の勝利にポーランドの人々は歓喜します。
さらに、この戦争で捕虜となったポーランド人兵士に対して日本政府は手厚い待遇をしました。
この時の待遇改善を求めた人物こそ、後のポーランドの初代国家元首となるユゼフ・ピウスツキでした。
1919年には日本とポーランドは国交を樹立しました。

その後、日露戦争・第一次世界大戦が要因となりロシア革命が勃発します。
1920年代初頭、この革命直後の混乱に伴い、孤児となったシベリアのポーランド人765人を
日本政府・日本赤十字が受け入れ、祖国に移送しました。
この恩返しとして、阪神大震災の被災児をポーランドの方々は招いて下さり、温かく迎えて
くれました。

そして、第二次世界大戦中の1940年には、ナチスドイツの迫害を逃れてきたユダヤ系
ポーランド人、リトアニア人に杉原千畝が日本通過査証を発給(命のビザ)し、約6000人の人々を救いました。

こういった日本とポーランドの歴史的な背景からポーランドは世界有数の親日国家と
なりました。

これからもポーランドとの絆がより深くなる事を祈って終わりとします。

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以下参考サイトなど
Wikipedia
ーポーランド
ーポーランドの経済
ー反露
ーポーランド・ロシア戦争
ーポーランド軍
ークリミア危機・ウクライナ東部紛争
ー独ソ戦
世界史の窓
ーポーランド
外務省
ーポーランド共和国(Republic of Poland)基礎データ
ーポーランドという国
人口ピラミッドから見える世界各地、国家の現状と将来(5)

世界経済のネタ帳
ー世界の人口ランキング
ー世界の名目GDP(USドル)ランキング
ーポーランドの一人当たりのGDPの推移
ーポーランドのGDPの推移
ー世界の面積ランキング
ーポーランドの貿易
世界の穀物自給率マップ(2013年)
jetro.go.jp
ー世界貿易投資報告
世界の統計2018

pixabay.com ←画像などはこちらから引用させてもらっています。
データブック オブ・ザ・ワールド 2018 ←そろそろ新しいの買わないとね・・・。
globalnote.jp
ーポーランドのエネルギー 統計データ
mostlab.co.jp
国書院ー穀物の自給率 〔2017年〕
美しい時代への過渡期ポーランド
第二の黄金期を迎えるポーランド
2040年までのエネルギー政策案を提示、石炭発電の割合低減(ポーランド)
Ⅲ 石炭
欧州で着実に進む脱石炭火力発電の流れ アジアでは需要高まる
日本より深刻!「労働人口減少」にあえぐポーランドがとった大胆政策
世界開発指標
ー出生率
ポーランド経済と海外直接投資
ポーランド共和国ー東京都立図書館
ポーランドの地理と歴史
世界の歴史まっぷ
ーポーランド分割(18世紀)地図
日系商社が見るポーランド経済
EU新規加盟国の農業~ポーランド農業に見るEU加盟の影響
ポーランドの農林水産業概況
ポーランドってどんな国?
中・東欧と東南アジアにおける自動車生産ネットワーク
globalnote.jp
ポーランドの食品・農林水産業 統計データ
ーポーランドの食品・農林水産業 統計データ – Page4
ーポーランドの鉱物資源 統計データ
ーポーランドの鉱物資源 統計データ – Page2
新たな日出ずる国ポーランド2019
ポーランド

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